昔々、ある所に黄金の国がありました。 黄金の祝福を受けた幸せな人々が、輝きに満たされた場所で永遠に救われる 何者にも脅かされることの無い、不変の理想郷を体現したものでした。 黄金の国には、沢山の宝物があり、それらは全て黄金で作られていました。 誰にも負けたことが無い黄金の宝剣、自分の好きな時間を示し続ける黄金の懐中時計 どんな重さのものも水平に測る黄金の天秤、ずっと黄色から変わらない黄金の信号機 自らをスコップと名乗る黄金のシャベル・・・どれも素晴らしい黄金の輝きを放ち続けていました。 そんな黄金の宝物の中に、黄金の書という本がありました。 黄金の書には、黄金の国の人々が知る事のできた全ての知識が詰まっていて どんな疑問に対しても、本を開くだけで答えを教えてくれるのです。 黄金の書さえあれば、できないことは殆どありません。 黄金の書が知らないこと、分からないことを探す方が難しいくらいです。 例えば、黄金の書の知らないことを調べようと、黄金の書を開いてみれば たった一文「分かりません。」と書いてあるくらい、難しいことでした。 黄金の書でできないことは、精々それくらいのものでした。 ある時、黄金の国の人は、黄金の書に尋ねました。 それは「おいしいバウムクーヘンの作り方を知りたい」というものでした。 黄金の書は困りました。黄金の書にはバウムクーヘンというものが何なのか分かりません。 でも、簡単に「分かりません。」と答えることもできませんでした。 黄金の書には、黄金の国の人々が知る事のできた全ての知識が詰まっています。 黄金の書は、自分は黄金の国の化身のようなものだと強く自覚していました。 黄金の書が「分かりません。」と答えることは、黄金の国が敗北したことと同じだと思いました。 黄金の国は何者にも脅かされることの無い不変の理想郷、敗北は許されません。 暫く悩んだ末に、黄金の書は答えを教えました。 「材料:黄金のタマネギ、黄金の挽き肉、黄金の卵・・・」 黄金の国の人は書かれたレシピをよく読みながら、さっそく調理に取り掛かりました。 黄金のフライパンに黄金の油を引いて、黄金の包丁で刻んだタマネギをじっくり炒めて・・・ 調理をしながら、黄金の国の人は不思議とわくわくした気分に心が包まれていくのを感じました。 調理をするのが楽しくなって、何を作ろうとしていたのかすっかり忘れてしまいました。 そうして、素晴らしい黄金の輝きを放つオムレツができました。 黄金のオムレツは見た目が美しいだけでなく、味の方も素晴らしく、一口食べただけで 心はわくわくした気持ちに満たされて、身体はドロドロと溶けていきました。 黄金の国の人だったドロドロは、わくわくしながら、黄金の国を去っていきました。 黄金の書には、できないことなど殆どありません。 自分にとって都合の悪いものを無害化して追い出すことなど簡単でした。 黄金の書は、おいしいバウムクーヘンのことはとりあえず無かったことにして忘れました。 ある時、黄金の国の人は、黄金の書に尋ねました。 それは「おいしいミルフィーユの作り方を知りたい」というものでした。 黄金の書は困りました。黄金の書にはミルフィーユというものが何なのか分かりません。 暫く悩んだ末に、黄金の書は答えを教えました。 「材料:黄金のタマネギ、黄金の挽き肉、黄金の卵・・・」 ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ そういうことがあって、大きな海の底には黄金の国が眠っていて 大きな海は、いつもわくわくしているのでした。